両国国技館は、東京都墨田区横網一丁目にある大相撲の興行のための施設です。

 両国国技館
 東京都墨田区横網1-3-28



 プロレス、ボクシングなどの格闘技の興行会場、その他のスポーツ競技の会場、ポピュラー音楽のライブでも使用されます。

 正式な呼称は国技館でで、公益財団法人日本相撲協会が所有しています。

 国技館で開催される1月、5月、9月場所はとても賑わっています。

 入場口では親方たちがチケットをもぎっています。

 館内では相撲部屋の特製ちゃんこが食べられたり力士グッズが販売されています。

 取り組み意外にも見どころ満載のスポットです。

 1833年から回向院で相撲興行が催されていました。

 明治30年代に常設館建設に動くことになり、その後、日本初のドーム型鉄骨板張の洋風建築の建物となりました。

 1909年に旧国技館が回向院境内に建設されました。

 設計は辰野金吾とその教え子葛西萬司で、大鉄傘の愛称で呼ばれました。

 開館当初は仮称で、翌年から国技館という呼び方が定着しました。

 1917年11月29日に火災が発生し、回向院花売場、本堂も含め全焼しました。

 新国技館は葛西博士により屋根は亜鉛製で設計され、1920年1月15日に完成し開館式が挙行されました。

 しかし、1923年9月1日の関東大震災で、屋根・柱など外観を残して再度焼失しました。

 その後、再建され、翌年の夏場所から興行が再開されました。

 第二次世界大戦中の1944年1月の初場所を最後として、2月に大日本帝国陸軍に接収され、風船爆弾の工場として使用されました。

 1945年3月10日に、東京大空襲の被害を受けて三度目の焼失となりました。

 1945年10月26日に、連合国軍最高司令官総司令部により接収され、メモリアルホールとして改称・改装されました。

 以降は、プロボクシングやプロレスリングなどの会場として使用されました。

 1952年4月1日に接収は解除されましたが、蔵前国技館の建築が始まっており、国際スタジアムに売却しました。

 その後、日本大学が日本相撲協会から買収し、1958年~1982年までは日本大学講堂でした。

 現在の2代目の国技館が旧両国貨物駅跡地に建設され、1985年1月場所より使用されています。

 JR両国駅からは徒歩1分、都営大江戸線両国駅より徒歩5分の場所にあります。 

 JR両国駅は東京駅・上野駅から10分、新宿駅から17分で、交通が便利です。

 定員は11,098人で、音響、照明設備が完備しています。

 両国国技館へご案内【行き方/アクセス/両国駅】(外部リンク)


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