高野山は1200年前に弘法大師空海が開創した真言密教の聖地で、標高約1,000m級の峰々に囲まれた山上盆地に広がっています。
高野山 奥之院
和歌山県伊都郡高野町高野山550
816年に嵯峨天皇から空海が下賜され、修禅の道場として開いた日本仏教における聖地の1つです。
現在は、壇上伽藍と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成しています。
高野山全域を総本山金剛峯寺とし、特に奥之院と壇上伽藍は2大聖地として信仰を集めています。
奥之院は高野山の信仰の中心であり、弘法大師が入定されている聖地です。
一の橋から御廟までの参道は、約2キロメートルにわたっています。
おおよそ20万基を超える諸大名の墓石や、祈念碑、慰霊碑の数々が、樹齢千年に及ぶ杉木立の中に立ち並んでいます。
中には、武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、伊達政宗といった戦国武将の墓もあります。
奥之院の御廟橋の正面突き当たりにあるのが、3間4面構造・檜皮葺・宝形造の御廟です。
834年に、空海自らが現在の地に廟所を定めたとされています。
その翌年3月15日に、入定が近いことを弟子らに告げ、3月21日午前4時に永遠の瞑想へ入ったと伝わります。
御廟では空海が今もなおそこに生き、世界平和と人々の幸福を願い瞑想を続けていると信じられています。
そして、国内のみならず海外からも多くの参拝客が訪れています。
あまたある高野山の行事の中でも、生身供=しょうじんぐは入定後から現在まで1200年もの間、続けられている儀式のひとつです。
これは御廟で待つ空海に食事を届ける儀式で、1日2回行われています。
御供所にて調理された食事は嘗試=あじみ地蔵での味見を経て、2人の僧が白木の箱に納めて御廟へと運んでいきます。
先頭には案内人の維那=ゆいなが歩き、御廟橋を渡って燈籠堂の中へ食事をお供えした後、読経して再び御供所へと戻ってきます。
姿としては見えないかもしれませんが、弘法大師空海は確かにそこにいるのです。
そこには、今までもこれからも変わらない厚い信仰が息づいています。
2004年7月7日に、高野山町石道と金剛峯寺境内(6地区)、建造物12件が紀伊山地の霊場と参詣道としてユネスコの世界遺産に登録されました。
さらに2016年10月24日に、黒河道、女人道、京大坂道不動坂、三谷坂が高野参詣道として世界遺産に追加登録された。
117ある寺院のうち51の寺院は宿坊として、一般の参拝客も宿泊することができます。
かつての修験者と同じように修業体験したり、空海にまつわる伝説をめぐることができます。
南海りんかんバス奥の院前行バスに乗車し、奥の院口、一の橋口下車し、御廟まで徒歩約40分です。
奥の院前下車なら、御廟まで徒歩約30分です。
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