鹿苑寺は、日本の京都市北区金閣寺町にある臨済宗相国寺派の寺院で、正式名称は北山鹿苑禅寺です。
金閣寺
京都府京都市北区金閣寺町1
このお寺は大本山相国寺の境外塔頭で、山号は北山、本尊は聖観音です。
寺名は開基の室町幕府第3代将軍足利義満の法号「鹿苑院殿」にちなんでつけられました。
鹿苑寺の一帯は、鎌倉時代の1225年に藤原公経が西園寺を建立し、併せて山荘を営んでいた場所です。
これ以後も、公経の子孫である西園寺家が代々領有を続けていました。
幕府滅亡後に当主の西園寺公宗が後醍醐天皇暗殺を企てたことが発覚し、公宗は処刑され西園寺家の膨大な所領と資産は没収となりました。
金閣寺の開祖である足利義満が1397年に河内国と交換に西園寺を譲り受け、改築と新築を行いしました。
足利義満は、室町幕府代々の将軍のなかで最も力のあった将軍といわれる第3代の将軍です。
当時は、北山殿、北山第などと呼ばれ、山荘の規模は御所にも匹敵し、政治中枢の全てが集約されました。
1399年に、現在の金閣寺舎利殿が完成したと推定され、相国寺の七重大塔も同年に完成しました。
建物の内外に金箔が貼られていることから、金閣寺とも呼ばれています。
舎利殿は室町時代前期の北山文化を代表する建築でしたが、1950年に放火により焼失し、1955年に再建されました。
金閣寺は一面に金箔が施され、輝くような外観の美しさは、特に海外からの観光客に人気です。
1987年の大修理でいっそう輝きを増し、北山文化の象徴として国内外に知られています。
金閣は舎利殿として立てられた金箔の三層楼閣が鏡湖池に映えます。
金閣寺の外観には、約20kgにも及ぶ大量の金箔が使われています。
この金箔は、昭和期におこなわれた改修の際に貼られたものです。
1階の寝殿造はあえて金箔を貼らず簡素な造りにし、2・3階に金箔を貼って豪華 なものとしました。
これは、貴族に対する武家の優越を表すものと言われています。
3階の禅宗様は、義満が出家して悟りを開いたことを表しています。
一番上に取り付けられた黄金の鳳凰は、天皇をも凌ぐ究極の権力を有する存在を示すものと言われています。
三島由紀夫や水上勉の小説で知られるように、現在の金閣は1950年の火災で焼失したものを再建したものです。
1897年に古社寺保存法に基づき特別保護建造物に、1929年に国宝保存法施行に伴い(旧)国宝に指定されました。
1925年に、庭園は史蹟名勝天然紀念物保存法により史跡・名勝、1956年に文化財保護法により特別史跡・特別名勝に指定されました。
1994年に、ユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産として登録されています。
アクセスは、JR京都駅から市バスで約40分です。
[京都|Kyoto]”金閣寺”を観光|金色の世界遺産を散策|(外部リンク)