盛岡天満宮は、岩手県盛岡市新庄町の天神山に位置する神社です。
盛岡天満宮
岩手県盛岡市新庄町5−43
旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社に加列されています。
盛岡の総鎮守とされ、神事のチャグチャグ馬コ、例祭の山車行事、流鏑馬神事などが有名です。
学問・文芸の神として崇敬される、菅原道真公を主祭神としています。
道真公は、幼少より優れた才能を発揮し、その学問的才能は朝廷でも高く評価されました。
右大臣まで昇進しましたが、政争により太宰府に左遷され現地で亡くなりました。
死後、相次いだ天変地異が道真公の怨霊の仕業とされ、天満宮の建立はその霊を鎮めるためです。
時代が下ると生前の学問的業績が注目され、今度は学問の神様として信仰されるようになりました。
盛岡天満宮は盛岡城下の東側に立地し、境内からは盛岡市街を一望できます。
創建年代は明確ではありませんが、現在地への遷座は延宝7年(1679年)という記録です。
盛岡藩主である南部氏が、三戸時代から祀っていた古社と推測されます。
天満宮建立以前は、室町時代に斯波氏の家臣が築いた花垣館という居館がありました。
現在の本殿は、この花垣館の主郭部分に建てられてました。
境内で発見される古銭などは、その時代の遺物と考えられています。
江戸時代には、盛岡城下の鎮守として学問成就を願う人々の信仰を集めました。
現在、受験シーズンには、受験生や保護者が参拝に訪れ、境内には合格祈願の絵馬が数多く奉納されています。
松尾芭蕉の句碑も、境内の見どころの一つです。
ここには、「古池や蛙とびこむ水の音 芭蕉翁」の俳句が刻まれた石柱があります。
台座には、愛らしい石蛙の彫刻が施されています。
明治時代以降は文学者との縁が深く、石川啄木が盛岡中学時代に頻繁に訪れた散策地です。
啄木はこの地を天神山と呼び、読書や思索にふけった青春の思い出の場所でした。
境内にある一対の狛犬は、一般的な狛犬とは異なって人間のような愛嬌ある表情です。
そのため、人面狛犬とも呼ばれて親しまれています。
この狛犬は明治36年(1903年)に、盛岡市の石工が病気平癒のお礼として自ら彫刻して奉納したものです。
現在、狛犬は、啄木の短歌が刻まれた石の台座の上に鎮座しています。
石川啄木は、この狛犬を石馬と呼んで愛したそうです。
右台座には「夏木立中の社の石馬も汗する日なり君をゆめみむ」、左台座には「松の風夜晝ひびきぬ人訪はぬ山の祠の石馬の耳に」とあります。
境内には、石川啄木関連の歌碑を複数見ることが可能です。
盛岡天満宮では、学業成就・合格祈願を中心に、商売繁森・家内安全・病気平癒・厄除けなどにご利益があるとされます。
また、岩手護国神社が盛岡八幡宮内にあり、県内の戦没者などを祀っています。
アクセスは、JR東日本盛岡駅から盛岡都心循環バスでんでんむしで上の橋町か若園町で下車して徒歩約10分です。
自動車では、東北自動車道盛岡ICから約15分です。
【盛岡八幡宮】岩手一の大社 岩手護國神社【岩手県盛岡市】(外部リンク)